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俺は幸せだった。




故郷ではもうじき春が訪れる時期だというのに、ここの空気は相変わらず凍てついたまま。
血も涙も流れる前に凍ってしまうこの北の地に連れてこられたのは随分と前のことだ。孤独にはすぐに慣れたが、この冷気になじむことはできなかった。
……寒いな。
冷たい壁に覆われた一室の、妙に高い位置に設けられた小さな窓からはやわらかな光が差し込んでいる。
光と温度を求めて伸ばした腕の先が、うすぼんやりと光っている。指の感覚は既にない。

俺が殺してきたやつらは、どんな心境だったのだろう。今更になってようやく考えた。

死を恐れて泣いたのだろうか。痛いと叫んで俺を憎んだだろうか。そんなことを考える間もなく、あの世へ逝ったのだろうか。
少なくともこんな能天気な気分でいたわけではないことは確かだろう。
俺はもう死ぬんだろうと実感している。けれど大した恐怖もなく、あがく気もなく、安らかに死を受け入れようとしている。

これはどうしようもない現実だ。
生まれたときからひたすら戦ってばかりいた自分だ、国が滅びる様も見てきた。こうなっては助からないと分かっている。
もうすぐきっとまぶたをあげるのも億劫になって、眠るように意識が遠のき、この身体は熱を失って消えてしまうのだろう。

それでよかった。本望だった。思い残すことはなにもない。



俺はもう役に立てないから。



ヴェスト。生真面目で融通の利かない、俺の大切な弟。
立派に成長してくれて、嬉しかった。小さかった身体がすぐに俺の背丈を追い越してしまったのは悔しかったけれど。
お前こそが帝国だと、お前を育てたのは俺だと、誇ることができた。
お前の兄でいられて、幸せだった。

弟の成長に反比例するように、俺は筋力も体力も衰えていって。
それでも俺は戦うことしかできないし、死ぬわけにもいかなかったから、身体中から血が噴き出ても立って、火傷で皮膚が壊死しても銃を握ったけれど。

俺たちは負けてしまった。
俺の国土はばらばらに切り離され、あいつの安否も情勢もわからない。

懐かしむことも大切に思うことも、あいつがいなければ意味がないのに。



ふ、と視界がぶれて、不明瞭な視界の先で伸ばしたままの腕が透明な砂になってざらりと落ちるのが見えた。崩れたそれは、無機質な床の上で小さな山を作っている。

……苦痛も恐怖もないが、ただ悲しくて、もう今にも死んでしまいたいのだけど。















弟と過ごした数十年間はとても短くて、俺が生きてきた膨大な時間のたった一部でしかなかったのに。
もっとしてやりたいことがあった。もっと伝えたいことがあった。まだ話していないことだって、沢山あった。
後ろを振り返れば、後悔なんて腐るほどある。

まさかこんな気持ちになるなんて。
弟が生まれた瞬間から、弟にすべてをくれてやろうと決めた瞬間から、いつか訪れる結末だと覚悟していたはずなのに。
あいつがいたから俺は多くを望んで、生を喜んで、沢山の感情を知って………愛する尊さを、知ることができて………。



もっと生きたかった。あいつと一緒に。















出会った日を思い出した。
壮麗なヴェルサイユ、鏡と黄金に彩られ、ひかりの溢れるあの場所で、小さな頭にブカブカの王冠を頂いて、あいつは淀みない瞳で俺を見上げていた。

夢と野望に満ちた俺たちの帝国で、揃いの十字架が嬉しくて、
あたたかい家でジョッキを交わしてくだらないことで笑って、
いっしょにわらいあって、




















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